本研究は、ボルネオ島中央部における生態資源の利用とそれを支える民俗知識の動態を明らかにすることを目的としている。対象民族として、狩猟採集民の西プナンと東プナン、農耕民のクニャ系とカヤン系の集団を取り上げる。本年度は、おもにクニャ系農耕民を対象に調査を行った。また、民俗知識の対象植物について、証拠標本の同定を進めた。西プナン、東プナン、クニャ系農耕民について、比較の材料が揃いつつある。暫定的な結果を以下に述べる。 1.狩猟採集民、農耕民の各民族とも森林をよく利用していた。主な利用は、猪や鹿類などの狩猟、森林の小川での魚毒漁、果物の採集(季節的)、食用のヤシ若芽の採集、食用シダの採集(川辺の開放地)、籠やマット用のラタン採集、焼畑小屋など軽建築用のヤシの葉や葉柄の切り出し、建築用木材の切り出し、薪採り(二次林)、沈香採集など。ただし、規則の厳しい国立公園では建材の利用はなく、木材伐採が進んだ地域では森林利用が少ない。 2.食用果物や建材は、民族間で利用植物群がよく似ていた。薬用植物は、かなり異なっていた。これら植物の民族名称についても分析中だが、どのような植物で同じ/異なる名称が使われているのか、傾向はみえていない。 3.どの民族についても、定式化されたような知識伝達の方法はみられなかった。このため、各個人の活動が知識の習得に大きく影響していると考えられる。森林植物について学習する機会は、日常的な狩猟採集のほか、集落によっては現金収入源となる資源の長期採集行-過去にはラタン、現在は沈香-もある。 4.1970年代を中心に進んだ狩猟採集民の定住化、1980年代以降の木材伐採や現金経済の浸透が、個人や集落の森林利用に大きく影響している。またマレーシア・サラワク州では、小学校から寄宿生活が基本となっており、学校教育の浸透も今後大きく影響してくると考えられる。
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