今年度は文献収集に努めるとともに、アルトゥール・ショーペンハウアー哲学において注目されることが比較的少ないが、その思想的中核として重要視されるべきテーマとして、「退屈」論について、ハイデガーとの関連を探りながら考察し、また「運命」論について、自由意志を巡る問題とリンクさせながら、スピノザとニーチェの同じテーマに関する思想と比較対照を行った。前者は「日本フランス語フランス文学会」2008年度春季大会で「メランコリー」に関するシンポジウムにおいて発表され、後者は「スピノザ協会」第50回研究会で講演された。特に後者は、「自由意志」を否定しながら、その否定の上に新たな人間の「自由」の可能性を探求した代表的哲学者として、スピノザ、ショ-ペンハウアー、ニーチェを位置づけたものであるが、今後、家族間「対話」としての哲学思想という本研究の課題の遂行にあたって、一つの重要なベースキャンプとなる成果だと考えている。というのも、「自由」や「運命」というテーマは、専門的哲学者のみならず、一般人にも、なかんずく文学者にとって、きわめて喫緊の問題をなすと思われるからである。小説家であった、アルトゥールの母親ヨハナや妹アデーレにとっても、そのことは例外でないはずである。また、早くに亡くした父親については、そこに「真理」のイメージが投影されている、あるいは「真理」概念が亡父のイメージのもとに構想されているのだが、『岩波講座哲学』第9巻「科学/技術の哲学」に発表した論文「真理への欲望」は、このことを踏まえて執筆された。
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