フロイトの症例研究の中でも、その家族関係の特異性からしてもひときわ重要視される『ある幼児期神経症の病歴より〔狼男〕』の翻訳(岩波書店『フロイト全集』第14巻所収)を上梓するとともに、昨年度講演した、アデーレ・ショーペンハウアーの中編小説「アリッチャの麗人」に関する研究を印刷形態にして発表した。また、ニーチェに関しても、芸術のみならず道徳をも身体現象として捉えようとした、その特異にして限りない可塑性を有するものとしての「身体」像を明らかにした(「芸術と道徳としての身体」)。しかし、本研究との直接的関連で重要なのは、本年度は特に、ヨハナとアルトゥール・ショーペンハウアーという、息子と母親の思想的関係を取り扱った、二論文を発表したことである。その一つは両人のヨーロッパ周回の旅がその後の、それぞれ哲学者ないし小説家としての、自覚や地位の確立に当たって、どのような意味を持ったかを、二人の対照的な基本的な人生観を浮き彫りにしながら、論究したものであり(「哲学者の揺籃」)、今ひとつは、両人の哲学的主著(『意志と表象としての世界』正篇)と小説的主著(『ガブリエーレ』)を比較しながら、両者とも「諦念」を軸としながら、しかし正反対の方向性で、その世界観を構築しようとしていた様をあぶり出し、正反対の方向性をもった同軸性という形の、二人の著作家の思想の、まさに家族としての「家族的類似性」の摘出を試みたものである(「諦念という戦略」)。
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