本年度は生命倫理学における「関係性」問題の本質をなすと考えられる「パーソン論」の批判的再検討を行なった。日本の脳死移植問題によって自覚された、生命をめぐる「人と人との関係性」の論点をさらに理論化するために、「べルソナ」の概念を提唱し、パーソンとは異なる次元ではたらく力動があることを論証した。『その結果、「ベルソナ」としてあらわれる身体と、それを経験する主体のあいだの「対」を「保護」する視点が生命倫理学に要請されるという結論を導いた(論文「パーソンとペルソナ」)。これによって従来あいまいにしか表現できなかった「他者」の到来の問題を、生命倫理学の文脈で考察できるようになったと考えられる。この論点はきらに考察していく予定である。 研究の途中の2009年7月に臓器移植法が改正された。私は参議院厚生労働委員会で参考人発言を行ない、上記の「対の保護」に基づいた、脳死の子どもをまるごと保護する「まるごと」論を展開した。この論点も研究の途上で新たに見出されたものであり、来年度に向けて考察を進める予定である。 また、環境倫理学との接点の問題として、「自然を守る」とはどのよ、うなことかについて新たな思索を行ない、刊行した(「「自然を守る」とは何を守ることか」)。ここにおいても論点となるのは「保護するごと」であり、人間の欲望が限りなく進展する現代社会において、いかに自由と保護を両立させるかが焦点となることが解明された。 研究の国際的展開については、国際学会で発表を行ない、来年度に向けてのネッワーキングを行なった。と同時に、英語による電子ジャーナルを本務校にて刊行する準備を進めており、その基盤整備を行なった。生命倫理学の最先端は、生命の哲学と結びついており、その理念的な接続がどのようになって、英語圏の議論を参照しながら独自のアプローチを模索することができた。その成果は2010年度に刊行されることになる。 取り扱う素材については、手の及ぼないものもあったが、研究内容に関しては、予定されていたものをおおむね遂行することができたと考えている。
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