科学の概念の構造とそれが構成された歴史に大きな注意を払う「概念の哲学」の系譜に連なるヴュイユマンは、カント哲学からフィヒテ哲学への移行を、「対象」の存在の必然性から「操作」の顕在化への移行として読み取っている。そして、その著作『代数学の哲学』のなかで、そのような移行を、ラグランジュの代数方程式論からガロア群の誕生という代数学における移行の過程に対応づけている。ヴュイユマンにとって、知性の純粋化とは、直観、そして具体的対象からの解放であり、操作の顕在化に他ならない。それに対し、グランジェの哲学においては、「操作と対象の双対性」という考え方が大切になってくが、そこで、グランジェは、ア・プリオリな総合に歴史性を取り込んでいくのである。現代数学の一つであるコンヌが生み出した非可換幾何学の概念構造とその構成に哲学的分析を施すには、グランジェの「操作と対象性の双対性」という考え方が有効であることを本年度の研究の中で示した。非可換幾何学を分析するには、ヴュイユマンのような操作の対象からの解放、知性の直観からの解放を強く唱える哲学では、不十分なのである。非可換幾何学においては、数理物理学とのつながりは本質的といってもよいほど深いものであり、また幾何学的あるいは数論的現象や数学的対象の実在性に対する直観といったものも放棄しない。もちろん、ここで幾何学的あるいは数論的現象は、感覚与件として与えられる現象でなく、いわばア・プリオリな現象であり、また実在性も物理的実在性とは区別された実在性である。このような非可換幾何学の概念史への反省は、歴史性と不可分に結びついた人間の思考や経験について解明することを可能とするような科学哲学への道を開くことができる。それはまた、新たな幾何学的空間概念がいかにして構成されるかを知る上で、重要な哲学的課題である。
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