本年度はディルタイにおける理解と意志の関係を明らかにすることを目標とした。 一方の意志概念については、ショーペンハウアーに遡り解明した。すなわち、彼の意志概念は、意欲や欲求など内的に体験されるものを含みながら、ある方向を志向する「作用」という意味を基本にしているのである。この解明によって、従来、彼の意志概念が実体的あるいは超越論的に解釈されてきたのに対して、新たな意味解釈が可能になった意義は大きい。と同時に、この解釈によってこそ、意志概念の系譜がショーペンハウアーからニーチェを経て、ディルタイにおける心的生の意志作用へと通じていること、そしてディルタイの理解概念が単に知性的ではなく意志的であること、これらの点が明らかになる。すなわち、ディルタイの理解概念は、他者の心的生の追体験として、しかも他者の心的生を志向する「意志的作用」を基本にして形成されているのである。 本研究は以上の点を、ディルタイ全集21・22巻所収の心理学的分析の新資料をパソコンで検索可能なテキストデータベースとして構築し、とくに心的体験における斉一性概念の意味変遷の探求を通して解明した。すなわち、ディルタイの斉一性概念は、自然の法則性に対する心的生の規則性として取り出され、これが人間本性の斉一性の分析に通じ、かくしてこの斉一性に基づいた人間相互の理解が可能になる。と同時に、人間本性の斉一性の内部で、個体性や歴史的特殊性が分析可能になる。かくして、斉一性と特殊性の理解による「歴史的世界の構築」への道筋は、心的生の心理学的分析によって可能になっているのである。この点を新資料から解明できたことは、ディルタイは心理学から解釈学へ転向したという従来の解釈に反対して、新たなディルタイ像を構築しうる点で大きな意義をもっている。
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