シャシャダラ著『ニヤーヤ・シッダーンタ・ディーパ』(NSD)「遍充章」の英訳と分析を、シェーシャーナンタ(15世紀頃)の注釈書『プラバー(通称)』を用いて試みた。この章は「反論部」と「答論部」とで構成され、さらに「反論部」は遍充の17の暫定定義を提示して逐次批判する部分と、続く「答論部」の導入となる部分とに分けられる。本年は、「反論部」の中の暫定定義批判の部分を英訳し分析を試みた。完成は平成21年度となるが、投稿を依頼された海外の記念論集に掲載される予定である。 遍充の議論において、所有を表す接辞と性質を表す接辞とが連続して用いられることが多い。これらの接辞を伴わない表現との違いが従来明らかでなかったが、この違いを解明し、その成果が論文として出版された(下記参照)。得られた知見は、新ニヤーヤ学特有の複雑な表現の理解を助ける。 「遍充章」と他の章との関係を見るために、NSD全体のテキストデータベースを作成にも着手した。 また、平成20年12月にインドのウトカル大学上級講師スバーシュ・ダシュ(Subash Dash)氏を本研究補助金で2週間にわたって名古屋大学に招へいし、ウダヤナ(11世紀)が著したとされる『否定辞論』(Nan-vada)の分析を行った。写本が1本しか発見されていないので他の写本と比較することができないので、内容から判断しつつテキストの校訂を行った。 NSD「遍充章」の「反論部」に言及される17の暫定定義は、新ニヤーヤ学を大成したガンゲーシャ(14世紀)への影響を知る上で、この学の創成期(11世紀から14世紀)の研究にとって重要である。また、ウダヤナの『否定辞論』は、遍充のほとんどの定義には否定辞が現れ、この点が新ニヤーヤ学における遍充の定義の特徴であるとも見られる点から、創成期の研究にとって無視できないテキストである。
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