シャシャダラ著『ニヤーヤ・シッダーンタ・ディーパ』(NSD)「遍充章」の英訳と分析を、シェーシャーナンタ(15世紀頃)の注釈書『プラバー(通称)』を用いて試みた。この章は「反論部」と「答論部」とで構成され、さらに「反論部」は遍充の17の暫定定義を提示して逐次批判する部分と、続く「答論部」の導入となる部分とに分けられる。平成21年度は、「反論部」の大部分にあたる「批判部分」を英訳し、"Sasadhara on Invariable Concomitance (vyapti)"と題した招へい論文として記念論文集に寄稿した。この論文により、シャシャダラの生きた13世紀には、14世紀のガンゲーシャののように「肯定的な」(「pが存在すれば qも存在する」という形式に基づいて、「qが存在しなければ pも存在しない」に基づかない)遍充の定義に近いものが現れたが、定義に用いられる項目の「量化」が不十分であったり、非定義項が定義に含まれるなどの欠陥があることが判明した。 14世紀のガンゲーシャの『タットヴァ・チンターマニ』の当該節の冒頭に挙げられた遍充の5定義が、なぜその順序に提示されたのかについてに限って複数の注釈書を精査し、成果を"The Genesis of Sanskrit Texts and Context in Navya-nyaya"と題する論文にまとめ、インドの出版社より出版した編著書に収めた。定義の順序の解釈に関する注釈書間の違いについて、「引用理論」を使ってある程度説明できることが判明した。ガンーゲーシャ以前には定義の順序が問題視されなかっただけに、定義の論理形式のみならず定義間の関係に注目することによっても新ニヤーヤ学派の遍充概念の形成史を捉え直すことが可能であると考えられる。
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