本研究は、後期インド仏教を代表する論師カマラシーラの著作『修習次第』全三篇の訳注研究を具体的な研究課題としている。カマラシーラの他の著作に示される成熟した思想体系が、他の仏教学派やインド諸学派との対論を通し育まれたものであることは疑いえないが、それが実践に裏付けられたものである点を忘れてはならない。本研究は、『修習次第』の訳注研究を通してカマラシーラの修道論を明らかにすることにある。最終年にあたる本年は三篇の翻訳・訳注の完成と、三篇それぞれの構成を比較検討し本書の全体像を明らかにすることに主眼を置いた。 訳注作業を通しての成果は、本書が語る実践体系が唯識観行に基づくことを本書に先行する唯識文献との平行箇所をあげることで具体的に明示できたことである。本書が『解深密経』「分別瑜伽品」や『摂大乗論』所説の修行体系を踏襲していることは既に指摘されてきた。本書初篇において論じられる実践体系としての十地思想や、中篇で詳述される止観(三昧)の具体的方法等についても『荘厳経論』をはじめとする諸唯識論書との類似性を指摘できたことは成果のひとつといえよう。 三篇全体の構造分析については、シノプシスを作成した。この作業を通して、三篇それぞれの対応関係が明示でき、各篇の特徴も明らかになった。本書三篇の制作順序がしばしば論じられるが、三篇の精緻な比較はその問題解明の一助となろう。 また、サンスクリット写本が現存する初篇・後篇の校訂本に問題が多いことは夙に指摘されることであるが、先に述べた唯識文献等の先行する諸文献との比較や本書三篇それぞれの対応個所を精査することで、より完成度の高い校訂が可能であることが確かめられた。 以上の成果を、訳注、シノプシス、引用経典の一覧等にまとめ冊子とした。
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