伝統的なイスラム共同体には、ウラマーと呼ばれる宗教諸学の専門家が緩やかなネットワークを形成しつつ、そのなかで共同体の歩むべき方向性を議論、決定し、それに一般の信徒が従うという構造があった。ウラマーは厳密な意味では聖職者とは言えないが、この点では宗教的な指導者として一般の信徒とは区別され、他の宗教における聖職者の機能の一部を果たしていたと言える。 しかしながら、グローバル化が進行するなかで、ウラマーと一般信徒、あるいは「聖職者」と「俗人」という二分法を覆すような現象がいくつか生まれた。21年度はそれを代表するものとして、近年のいわゆる「俗人説教師」の台頭という現象に注目した。 21年度の研究の成果として確認できた事実は以下のとおりである。 1)「俗人説教師」の多くは、インターネットや衛星放送を伝達の手段として主に使用しており、ターゲットはこれらのメディアを使いこなすことのでさる階層に限定されているということ。 2)また、自らが西洋的な文化、生活様式に親しんでいる事実を強調し、いわゆる欧米文化への共感を積極的に打ち出しているということ。 以上の点から、次のような点が明らかになった。 1)グローバル化が進行するなかで、イスラム教徒の生活様式や価値観も多様化し、それに従って同じく多様化する宗教的ニーズに答えているのが「俗人説教師」であるということ。 2)「俗人説教師」が(伝統的な)宗教的専門家とは認められないにもかかわらず支持されるのは、支持層にとって自分たちの生活様式や価値観を真に理解する唯一の宗教家と受けとめられ、ある種の「権威」が付与されているからであるということ。 21年度の最大の成果としては、本研究の仮説として挙げていたイスラム共同体内部の「中心と周縁」構造の揺らぎが、共同体内部の権威の多極化という点から検証できた点である。
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