この研究で明らかにしようとしているのは、世界を包み込む現象としてのグローバル化が、イスラムの伝統的な世界認識の枠組みをどのように変え、その結果としてイスラムのダイナミズムにどのような変化が生まれているかという点である。グローバル化に伴い、「イスラム共同体」の伝統的な構造が根底から覆されようとしていることによって、イスラムは新たな意味での普遍化に向かっているというのが、本研究の仮説である。 ここで言う「イスラム共同体」の伝統的な構造とは、世界はイスラム的規範の支配する「イスラムの家」とそれ以外の「戦争の家」に二分されるという認識の上に立ち、「イスラムの家」の中心であるアラブ・中東世界の(イスラム諸学の専門家である)ウラマーに一般の信徒には持ちえない特別な権威が認められ、彼らがイスラムの舵取り役を担ってきたというしくみである。 しかしながら、今日、人(イスラム教徒)も(イスラムの専門的知識を含めた)情報もあらゆる境界線を越え地球上に広がっていくなかで、このような伝統的な枠組みは大きく揺らいでいる。伝統的には「戦争の家」とネガティブな位置づけをされてきた地域に生きるイスラム教徒の間から生まれた運動、また地域を問わずウラマーではなく一般信徒が担い手となる動きが、世界中のイスラム教徒に大きな影響を及ぼしていることがその証拠である。イスラムの現状あるいはその未来を論じるにはアラブ・中東世界の代表的なウラマーの発言に耳を傾ければよいという発想の修正が急務となっており、本研究はその点に貢献すると考えられる。
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