研究概要 |
本研究は、現代社会の最重要課題である自由、正義、そして宗教について、産業社会化の過程で早くも大衆的な社会状況が現出した19世紀ブリテンにおいて先駆的に観察、考察し、主張、提案したJ.S.ミルの思想と哲学を検討することを目的とした。具体的には、ヴィクトリア時代の文化、社会状況の中でミルが哲学、倫理学、宗教、政治や経済など幅広い領域で提起した事の持つ意義を明らかにしようとした。そしてその検討を通じて、現代社会の様々な地域や場面で生じている自由の侵害、正義の蹂躙、宗教の名による対立と抗争、教育の崩壊と人々の不安などへの処方箋を示す際に求められ,る基本的な観点、思想、哲学を、19世紀ミルの中からどこまで引き出せるかを検討してきた。 最終年度(平成22年度)は、初年度より5度にわたって開催してきた複数の招聘報告者も含む研究集会「ヴィクトリア時代思想セミナー」を更に3回開催し、ヴィクトリア時代の勤労観、教育観、宗教思潮、倫理学、時代思潮としての科学主義とロマン主義、そして明治期のミル『自由論』翻訳等について検討を深めた。これらは、研究代表者においては主としてロマン主義と福音主義と功利主義との関連をミルの人間観と社会観の問題として、研究分担者においては主としてミルにおける科学と宗教と社会経済観の相互関連を先行者であるスコットランド啓蒙との対比において、それぞれ著書、論文等を著した。以上を通じて、ヴィクトリア時代の2つの時代精神、科学と反科学としてのロマン主義との間で悩む"折衷者"ミルの姿を浮き彫りとすることができたと同時に、従来の我が国の研究では軽視されがちな"宗教的時代"としてのヴィクトリア時代像を提示できたのではないかと考える。 併せて、研究計画初年度からの8回にわたる研究集会での成果を『J.S.ミルとヴィクトリア時代思想』(仮題)として刊行する準備を行った。
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