オリゲネス主義の中でも特異な存在であり、かつ東方修道制の実践的側面に多大な影響を及ぼしたエヴァグリオスの思想が、どのようにペラギウス派の見解に影響を及ぼしていたか、という課題について、少なくとも以下の内容を確認することができる。エヴァグリオスの修道実践と神学の中でも、その「理性」を強調する主知主義的傾向が、ペラギウス派の思想にも確認できる。その際、エヴァグリオスが重視した「キリストが与えた掟」、「新しい掟に従う」という「掟」を要とした行動倫理も、ペラギウス派の理解とほぼ同様の見解である。さらに、エヴァグリオスがその著書の中で特に頻繁に取り上げた「覚知」(グノーシス)についても、ペラギウス派の場合には、「知ること」、「知識」、「知恵」として強調され、ギリシャ語とラテン語の違いはあるものの、ほぼ同様の認識論が両者に存在していることは明らかである。そして、エヴァグリオスの修道神学にとって極めて重要な「不受動心」(アパセイア)の概念を、ペラギウスは、このギリシャ語そのものは使用していないが、そのラテン語訳であるimperturbabilitasあるいは、non perturbabilitasという訳語で使用しており、心を邪心により惑わされない状態に保つことの必要性を説いているという点で、明らかに両者には何らかの繋がりが認められることは確かであろう。これは、ヒエロニュムスが、エヴァグリオスとペラギウスとを同類として扱い、どちらもアパセイアという誤った異端的見解を有していたと指摘していたこととも一致する。しかしながら、エヴァグリオスとペラギウス派との依存関係を証明するには、さらなる精緻な検証が必要であり、両者に直接的な依存関係があったと確定するまでには至らなかった。この点では、エヴァグリオスのギリシャ語テキストをアクイレイアのルフィーヌスがラテン語に翻訳したことが知られてはいるものの、現存するエヴァグリオスのラテン語翻訳が、果たしてルフィーヌスの手になるものであったのか否か、の解明がなされていない点も、今後の課題として残されている。 エヴァグリオスとの影響関係以外に、カッパドキア教父の中でも大バシレイオスの思想内容との類似が確認された。とりわけ、バシレイオスがその『聖霊論』の中で展開している、人間に「内在する能力」としての愛の力、という発想は、まさに同様の内在思想がペラギウスにも確認できるのであり、キリストを知る「知恵の力」を強調している点でも、両者に共通する人間論を認めることができる。ルフィーヌスはバシレイオスの幾つかの著作を翻訳し、それをペラギウス派が参照していた可能性は十分に考えられるが、直接の依存・影響関係を断定するにはさらなる検証が必要とされる。
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