まず、ペラギウス派を取り巻く人脈について歴史的、文献学的に検証した。その結果、アクイレイアのルフィーヌス、大メラーニア、エヴァグリオス、ノラのパウリヌスらとの緊密な関係が跡づけられた。これは、ヒエロニュムスがルフィーヌス非難に際して指摘した、「アパセイアの異端集団」に他ならない。 続いて、文献学的、思想史的研究によって、アクイレイアのルフィーヌスがギリシャ語からラテン語へと翻訳した数名の人物たちの種々の文献・思想と、ペラギウスならびにペラギウス派の文献・思想とに相当の依存関係のあることが明らかとなった。とりわけ注目に値するのは、東方神学でオリゲネスに次いで重鎮と目されるバシレイオスの著書ならびに神学思想との共通性である。バシレイオスの修道倫理や修道規定の中に見られるアスケーシス(禁欲的訓練)の教えは、まさにそのままペラギウス派のアスケーシスと言っても過言ではない。また、バシレイオスが聖霊の働きの特徴を知恵の働きと見なし、さらに知恵を神的知恵と人間に内在して働くようになった知恵として二重に捉えている点もペラギウス派の聖霊理解と見事に重なっている。また、ルフィーヌスが翻訳したオリゲネス主義者の一人、エヴァグリオスの修道思想とも密接に関わることが明らかとなった。とりわけ、ストア的アパセイアではなく、ペリパトス派と同様のメトリオパセイアを説いていた点で、両者には明らかに共通性が見られる。以上の分析・考察から、ペラギウス派はバシレイオスやエヴァグリオスに由来するオリゲネス主義からの影響を受けていたことが明らかである。更に、ヴァティカン教父学研究所での研究中、ルフィーヌスの先輩として前任司教を務めたアクイレイアのクロマティウスの神学とペラギウスの神学とが、特に、ペラギウス派のキーワードである「キリストの模範(Exemplum Christi)」において、決定的に影響・依存関係にあるという事実を発見したことは画期的な研究成果となった。2011年8月の英国Oxford大学での国際教父学会でこの成果を発表したが、同学会に参加したパドヴァ大学のBeatrice教授が、クロマティウスがペラギウスを弁護する発言を行っていたとの事実を明らかにしたことにより、本発見の信憑性が更に裏づけられる結果となった。
|