16世紀をとおしてメキシコにはおよそ300のミッション聖堂が建設された。その全体を総覧する包括的なカタログ研究はいまだなされていないが、おおむね100を上まわる聖堂が現存し、断片的なものも含めれば、その多くに当初の聖堂装飾が残される。今年度は、先住民芸術家の関与が最も色濃い壁画装飾に関して作成した現存作品一覧をもとに、そのモチーフの系統的研究を進めた。同時に、宣教師や副王領政府の関与のもとで、先住民画家が制作した挿絵手稿本についてもモチーフの分類整理を進め、両者の対応関係を検討した。その研究の焦点は、イスミキルパンのアウグスティノ会修道院聖堂やマリナルコの同会修道院回廊の壁画装飾にみられる、新大陸風物ないし先住民モチーフとグロテスク文様の組み合わせがいかなる経緯で成立したかという問題である。この点について、ヨーロッパから輸入された書物の装丁装飾に倣った植民地時代の絵文書の装飾が、両者のリンクをなすことを実証する多くの材料を発見・確認した。植民地時代絵文書の多くは、植民地の統治と司牧の中核を担った副王や托鉢修道会が、先住民エリート層の子弟を教育動員して新世界の自然や文化を記述・描写させたものであり、その視覚媒体の「間文化的」な性格こそが、「エキゾティック」なモチーフと、類型的装飾としてのグロテスクを結びつけたのである。とはいえその一方で、ルネサンス期においてグロテスク文様に与えられた、「遠い古代」と結びついた幻想性は他者の表象と極めて親和的なものであり、「エキゾティック」なものとの関係性はたんに偶然のものではない。この現象は、南米アンデスの聖堂装飾美術にも並行関係を見いだすことのできるものであり、植民地という特異な文化的環境における視覚文化を系統的に理解する重要な糸口となる。この点を踏まえ、計画最終年度の来年度に向けて成果を公にしたい。
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