交付申請書に記載された本研究の目的は次の通りであった。「観光とは快のための旅である。その快を美的=感性的なものととらえ、美の快について美学の中で積み重ねられてきた知見を観光に応用するとともに、観光研究の成果を美学に適用し、以って両分野に跨る新たな研究領域を確立することが、本研究の具体的目的である。これは人々の観光観の変革という最終目的を実現するための理論的前提をなす。」 当年度の研究では、この目的を達成すべく、感性判断の理論モデルの構築と、実際の観光行為におけるその検証とに取り組んだ。すなわち、前者に関しては、美学の創始者バウムガルテンの美の定義「感性的認識の完成」をもとに、新たに「感性的認識への完成」という概念を提示し、感性判断のより広い射程を確保することができた。これにより、観光行為においても、純粋な感性的行為とは言いがたい「ショッピング」や美食が感性体験へと昇華する我々の経験を説明することができた。このことを検証するのが、当年度の研究のもう一つの課題であった。そのために沖縄県渡名喜村とヨーロッパの歴史的劇場という対照的な2つの対象を選び、そこに観光行為の感性化がいかに仕組まれているかを調査した。その結果、みやげ物とsouvenirが大きな役割を果たしていることが突き止められた。 このような成果を、単著『あじわいの構造:感性化時代の美学』にまとめることができた。すなわち、第1章「感性的認識への完成 バウムガルテンから現代へ」および第2章「言葉の感性化 その構造と歴史」が理論部門であり、第5章「観光 世界を感性化するメガネ」および「第6章 真正性というあじわいづけ ドロットニングホルム宮廷劇場の場合」が検証部門である。
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