本課題では江戸の写生画と明治近代日本画との関係について、大きく二つの課題(秋田蘭画派および円山派を中心とする京派)に取り組んでいるが、秋田蘭画については一定の成果発表を終えたので、平成22年度以降は近世および近代の京派を中心に写生画の再検証をすすめるべく、作品調査と資料分析とを行っている。この検証作業は2011年3月時点ではまだ全て終えてはいない段階ではあるが、その途中経過として明治近代日本画、なかでも江戸時代の「動物画」および「美人画」の流れを汲む絵画作品の中に、伝統画題を再構築した革新的画題と見なされる作品が複数見出された。そこで2010年度では、動物画に関する調査成果の一部を論文として発表した(「波と兎-「月の光」のかたちと言説」、『学習院女子大学紀要』第13号、2011年3月、pp.1-16)。今回取り上げたテーマは「兎」である。兎をモチーフとする近代日本画は竹内栖鳳をはじめ数多く存在するが、モチーフ自体が写生的に描かれた絵画だけでなく、上村松園「待月」のように人物画(美人画)の中に、花鳥モチーフがあえて「意匠」として表れている例がみられる。従来ではこうした美人画作品は、あくまでもその文脈の中で考察することが当然と考えらえてきたが、画家がなぜに動物画のモチーフを、あえて目立つように美人画の中に織り込んだのかという点については一考をすべきであろう。前掲の拙論では、兎が絵画(および工芸)において用いられる際にたびたび組み合わされる「波」との関係に注目し、その図像の形式と応用範囲、また一定の図像形成に至る際、歴史的に勘案されたと考えられる文学的言説に関して再考をおこなった。その結果、従来では単に風雅の造形と見做されてきた「波と兎」の造形は、実は「月の光」を意匠的に視覚化したものであり、同時に「神」としての「月」の聖性化と、古事記にまで遡る「招福の神の顕現」をも祈願する図像として成立したものであることが明らかになった。
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