本研究は近年、国際的にも、学際的にも急速に関心を高めている画家・藤田嗣治(1886-1968)について、その最盛期ともいうべき1920年代に彼がパリで考案し、実践した独自の技法-「乳白色の下地」に黒色の細い輪郭線で対象を描き出した油彩画-について、美術史と保存科学の専門家が協力して総合的に研究するものである。三年間の科学研究費の二年目に当たる平成21年度には、平成20年度に行った国際シンポジウムと関連する作品調査に基づいた、この画家の絵画技法に特化した研究書『藤田嗣治の絵画技法に迫る:修復現場からの報告』(東京藝術大学出版会)の編集・刊行を行った。本書で中心的に議論されたのは、2000年に修復事業が日仏共同プロジェクトとして行われた、パリ日本館所蔵の《欧人日本へ到来の図》と《馬の図》(1929年制作)と、フランス・エソンヌ県が所蔵する《構図》《争闘》(1928)である。ともに「乳白色の下地」を使った大作で、分析の結果、地塗り層は二層構造。下層はにかわと硫酸バリウムの水性地、上層は鉛白とカルシウム化合物を含んだ油性地、もしくはエマルジョン地かで議論が分かれている。その地塗層上にタルク(ケイ素とマグネシウムの水酸化物)を使用することで、水性の墨でも油性の黒であれなめらかな線描を行いうることを確認した。また、藤田作品を多数所蔵する秋田の平野政吉美術館で作品調査を行った(分析、検討などは次年度に報告する)。
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