研究概要 |
本研究は,土地に関わる記憶が人々のうちに形作られ,また変容してゆく過程で芸術がどのように関与し,その際にいかなるメカニズムが作動しているかを解明し,それが人々の共同体意識やアイデンティティ意識の形成へと結びついてゆくあり方を明らかにすることを目指すものである。 これまで小樽、ベルリン、長崎県の端島(軍艦島)等を題材にして、映画などの芸術作品が土地の記憶の創出にかかわりあってゆく局面についての具体的事例研究を積み重ねてきたが、やや事象の一面だけにこだわりすぎたという反省もあり、三年目にあたる本年度は、音楽を主たる対象に据え、さらに別の問題系への接続を試みた。まず、9月に刊行した著書『歌う国民-唱歌、校歌、うたごえ』において、都道府県歌という、これまであまり取り上げられてこなかったジャンルをとりあげ、長野県、秋田県の両ケースを題材とした研究を公にすることができた。これらの県では県歌、県民歌の存在が、県民たちの自県に対する知識や関心を醸成する上で大きな機能を果たしたが、そのような動きの周辺には複数のコンテクストの相互作用が存在しており、その中には、「中央」から地方へと向かう方向性をもった力もさまざまな形で作用してきたこと、そのことによって、近代国家日本の「国民」形成の中で、地域というものの存在を位置づけてゆく決定的な力を行使したことを明らかにしえた。また、ジンタの系譜の生き残りとして注目されている、宮城県の農民バンド北村大沢楽隊の活動とその歴史に関わる調査を通じ、ジンタやチンドンといった、都市の大衆文化を担ってきた存在が、農村部においては、昭和初期の郷土教育ブームなどともかかわりつつ、むしろ上からの国民づくりに大きな役割を果たした経緯を明らかにすることができた。
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