研究概要 |
本研究は,土地に関わる記憶が人々のうちに形作られ,また変容してゆく過程で芸術がどのように関与し,その際にいかなるメカニズムが作動しているかを解明し,それが人々のアイデンティティ意識の形成へと結びついてゆくあり方を明らかにすることを目指すものである。当初から、とりわけ映画などの映像作品がそこに関与するしかたを具体的に明らかにすることを中心軸に据え、複数の具体的事例をとりあげて研究をすすめてきた。本年は最終年度として、これまでに進めてきた研究のうち、小樽に関する事例研究の一部をすでに論文の形で発表した。小樽に関する残りの部分と端島(軍艦島)に関する研究については、すでに脱稿しており、本基盤研究の報告書に掲載する予定である。 事例研究を重ねる中で、一口に土地の記憶と言っても、実際にはかなり多様な方向性を含んでいることが明らかになってきた。そこでの映像の関与もまた、一つの集合的記憶を強化する方向に働くケース、マイナーであった表象をメジャーな位置に押し上げる役割を果たすケース、異なった立場やコンテクストを背景とした複数の表象の離合集散によって新たな表象を生み出す媒介項として機能するケースなど、多様であることが確認された。かつての、国民国家論などと結びついた「記憶の共同体」のような一面的な捉え方ではなく、そうした様々な関与のあり方を多面的に捉え、むしろ、オフィシャルな位置にない様々なセクターの働きを具体的に照らし出すことを主眼に、そこに働く多様な力学の一端を捉ええたと考えている。 十分な数の事例をとりあげることができなかったこともあり、議論の一般化という点では、いささか不十分に終わった感もないわけではないが、この種の研究の場合、むしろそれぞれのケースごとに諸要素の関与のあり方を丁寧に記述し、解きほぐしてゆくことにこそ生命があることをあらためて感じさせられた。
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