本研究は、16世紀以降ハプスブルク帝国支配下のチェコ諸領邦で展開された絶対主義体制時代の宮廷社会と芸術音楽の発展史を調査・研究し、プラハ宮廷を初めとする都市の音楽生活の諸相を明らかにしながら、いかにしてチェコ・ルネサンス文化及びバロック文化が熟成され、より豊かな遺産を創成することが出来たのか、また17世紀「白山の戦い」後の亡命音楽家の活動を通して、中欧チェコの音文化がいかにしてヨーロッパ文化全体の発展に寄与するに至ったのかを考察するものである。 研究の初年度にあたる平成20年度では、まずボヘミア王国がハプスブルク帝国の一諸領邦となって独立性を失う1526年以前とそれ以降の歴史約背景を、ハプスブルク帝国史との関係性のもとに洞察しながら、かつて中世ヨーロッパ文化の中心であったカレルIV世の時代、そしてヤン・フスとフス派革命の時代、さらに17世紀「白山の戦い」後の時代から18世紀後半の「民族再生」の時代に至る複雑なチェコ史の流れを歴史文献(ハプスブルク帝國史およびチェコ史)を通して詳細に把握し、その成果を『地域学論集』(紀要)に纏めた。また本年度に購入した『ニューグローヴ世界音楽事典』や、ルネサンスおよびバロック時代の社会と音楽を扱った諸文献の購読を通して、社会史・文化史・音楽史の視座から、16〜17世紀の都市プラハの状況をひもときながら、何よりも同時代に「声楽ポリフォニー」の最盛期を迎えた輝かしいチェコ・ルネサンス音楽の開花や、フス派の賛美歌「カンツィオナール」の諸相、ならびにカトリック教会音楽家の活躍に関する知見等を得ることができた。とりわけ16世紀末〜17世紀初頭に在位した「ルドルフII世の統治時代」に注視し、主にロバートJ.W.エヴァンズの研究を通して、14世紀以来、再びヨーロッパ文化の中心地として繁栄したプラハ宮廷に関する後期ルネサンスの中欧文化の諸相を丹念に読み解きながら、宮廷による芸術庇護の下に、チェコ文化もまた、ヨーロッパ文化の地平でその輝かしい繁栄を極めることができたと考えるに至った。
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