本研究の主たる対象作品である日本の作曲家による交響曲およびそれに準じる作品の楽譜を入手するとともに、日本の作曲家によるオーケストラ作品を委嘱、公募、顕彰等により振興する企画にどのようなものがあるかを調査した。それらの企画の趣旨、および委嘱、顕彰の対象となる作曲家や作品に対する評価の言説を調査した結果、次のような変遷の概要が認められる。1930年代の日本の作曲家のオーケストラ作品は、独墺の古典的な交響曲をモデルとする作品と、民族主義的なオーケストラ作品とに二分される傾向にあるが、1950年代には民族主義よりもヨーロッパの19世紀および近代のオーケストラ作品をモデルとする作品が優勢になる。それは、この年代の演奏界において欧米の伝統あるオーケストラに関心が向いていたことと関係があると考えられる。しかし、1960年代になると、欧米のオーケストラを招聘する傾向は引き続き見られるものの、日本の作曲家のオーケストラ作品は、演奏界で志向されるオーケストラ作品をモデルにすることなく、前衛的手法による新たな民族主義的な傾向が顕著になる。それらの作品は、作曲の契機を海外から与えられ、評価される傾向にあり、日本における1960年代は、オーケストラ作品を介して演奏界と創作界の志向性が大きく隔たった年代と言うことができる。今後、論評の対象になっているのは作品のどの点か、また日本と海外における論評のそれぞれが着目するのはどの点かを特定することは、日本のオーケストラ作品の志向性を育むメカニズムを明らかにすることに繋がると考えられる。
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