本研究の目的は、隔てられたふたつの空間をつなぐ装置である「橋」が、単なる機能を越えてどのように景観の構成に関わっているかということを、西洋と日本に存在する、あるいは存在した現実の橋梁、文学や美術作品に現れる橋を比較検討しつつ美学的、芸術学的な観点から明らかにすることにあった。 2010年度は、関西地方を中心に多数の社寺庭園、大名庭園を調査し、それぞれ異なった形式の橋が作り出す景観の形式の分析から、反り橋(太鼓橋、アーチ橋)が景の要となっていることを確認した。また広重、北斎を代表とする名所図絵においても、ひときわ誇張されたアーチ橋が主要モチーフとなっていることも検証した。石造の構造が必然的にアーチを作り出すのとは異なり、日本における反り橋は結界としての象徴性、話題性、美観という文化的価値を備えていることが再確認された。 一方で、現代日本における橋と橋が作り出す景観にとっての危機的現状が再認識された。ハコモノ優先で保守点検が行き届かず、崩落の危険を指摘される橋梁が4割に達し、京都市内においても、戦前に建造された橋梁の8割が現在の安全基準を満たさないため、新築や現在より高い欄干への改修等を迫られている。そのような中で、賀茂川・御園橋の新調が決定し、神事のための橋梁であることから朱塗りの伝統的な桁橋の形式が望まれている。また瀬田唐橋における色彩論争は一力年に渡ったが、結局、文献や石山寺縁起絵巻に認められる朱色ではなく、周囲との景観の調和、歴史資料にも近い「唐茶」という色彩が選ばれたことは注目に値する。 橋梁の補修・新築を課題とする京都市にあっては、都市景観条例の中で看過されてきた橋梁デザインの再検討が急務であろう。とりわけ鴨川の橋梁には、安直な和風ではなく、また高欄と下部の構造デザインの齟齬を避け、両岸の景観を穏やかな水平線で結びつけつつ、周囲の自然、都市景観に美観を与えるデザインが求められることを提言したい。
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