本研究は日本が世界に誇る映画監督小津安二郎の全作品に登場する地名・人名等の固有名詞を映画テキストと脚本から採集し、文献および臨地調査による学問的裏付けにもとづき注釈を付そうとするものである。注釈はテキスト読解の基礎であり、本研究が「読める」事典として完成した暁には、小津安二郎研究の基礎資料として確固たる位置を占めることになるだろう。すでに出版の企画を立てていることも付言しておく。 本研究の直接的先行成果として、研究者自身による「痙攣するデジャ・ヴュ--ビデオで読む小津安二郎(11)--小津安二郎作品地名・人名稿(戦後モノクロ映画編)」(『北海道武蔵女子短期大学紀要』39、2007年)、「痙攣するテジャ・ヴュ--ビデオで読む小津安二郎(12)--小津安二郎作品地名・人名稿(カラー映画編I)」(『北海道武蔵女子短期大学紀要』41、2009年)、「痙攣するデジャ・ヴュ--ビデオで読む小津安二郎-(13)小津安二郎作品地名・人名稿(カラー映画編II完)--」(『北海道武蔵女子短期大学紀要』42、2010年)がある。『長屋紳士録』(1947年)から『秋刀魚の味』(1962年)までの戦後小津映画15作品から計1.468項目を掲出し、注釈を加えた。本研究はこれを承け、戦前無声映画14作品の注釈を施し、「痙攣するデジャ・ヴュ--ビデオで読む小津安二郎--(14)小津安二郎作品地名・人名稿(無声映画編I)」(『北海道武蔵女子短期大学紀要』43、2011年)として発表した。扱った作品は『懺悔の刃』(1927年)から『朗らかに歩め』(1930年)まで。掲出項目は計264項目である。これまでの研究史において見逃されてきた項目を多数収録した。 小津安二郎は映像の細部に至るまで徹底的に拘った作家である。よって、ほんの一瞬写し撮られたモノからも、当時の日本人の生活や意識を反映しているという以上の意味を読み取ることが要求されることになろう。本研究の成果により、表層的な読解を越えて、深層的・重層的読解の可能性が開ける。
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