江戸初期の出版界の様相を考察するために、21年度は伊勢の出版の調査と三都における伊勢商人の出版活動についてと、昨年来継続している古浄瑠璃の版本調査を行った。伊勢関連の調査ではこれまで未報告の近世初期の伊勢版が存すること、江戸初期の古浄瑠璃本を出版した書肆に「伊勢屋」と名乗るものがあること、江戸で出版される暦のテキストは伊勢暦が元になっていること、江戸版を作成する中心的存在である書肆松会が延宝期から深く関係する京都の新興書肆西村市郎右衛門が伊勢の書肆藤原長兵衛と多数の相合版を出版すること等、この時期の新たな伊勢と出版の関係を明らかにすることができた。しかしこの点に関してのまとめは近世文学会で発表することになり、時期的な制約から22年度春季近世文学会大会で行うことになった。発表後に学会機関誌にまとめの論文を投稿予定である。いま一つの古浄瑠璃の調査は、全国的な調査の結果、やはり所謂江戸版の出版のような法則は存せず、同時期の出版物である江戸版が対象とする仮名草子と、古浄瑠璃の出版では別の原理が働いているという結論に達した。この事実は江戸版の作成が元版との関係においてより意図的に法則性をもって行われていることを示唆し、京都と江戸の出版界の、少なくとも一部には組織な繋がりが存した可能性を高くすることになった。こうした結果を「江戸版考 其三」としてまとめた。また、これまでの江戸版調査集大成として『増補松会版書目』を出版した。また全国的な版本調査のデータの産物として『菅茶山遺稿』の編著を刊行した。さらに日刊新聞「デーリー東北」の文芸欄「ふみづくえ」に年間10回分、こうした本研究の意味や江戸時代の出版について平易に紹介した。
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