本年度に笠間書院から出版した『田村泰次郎の戦争文学-中国山西省での従軍体験』では、泰次郎が5年3ヶ月におよぶ従軍体験を送った場所を訪れ、小説の背景を一つひとつ検証していった。具体的には、中国山西省を中心として河北省や河南省に足を運び、激しい戦闘のあった場所で、往時の記憶を持つ生存者にインタビューを重ねた。黄土高原の貧しい農村では、63年前と今を比べても生活は何も変わっていない。戦争で家族や親戚を喪った者は、そのときの記憶を持ち続けながら今も生きている。もはや終戦記念日の前後にしか、戦災の記憶をよみがえらすことのない日本社会とは、まったく対照的な風景である。 『肉体の門』が戦後直後に大ヒット作になり、性風俗を描いた『肉体作家』というイメージが強くなりすぎた。しかし泰次郎が執筆した戦争小説は、実際に戦場で体験したことにもとづいて誠実に書かれている。フィクションを使わなくとも戦場をありのままに描きさえすれば、それだけで人間の想像を絶するような過酷な地点で、<生命の尊厳>とは何かを究極的に問う作品になる。泰次郎が指摘するように「戦場は人間の住むところではなく、人間以外のものの生きる場所である」。それゆえ言葉を使ってそれを描こうとするのは至難の技といえる。だからこそ泰次郎は「かつての戦場で、自分が人間以外のものであったことをみずからに認めるために、そのときの原体験の忠実な表現者でなければならない」と主張した。 泰次郎が所属していたのは、独立混成第4旅団歩兵第13大隊であった。この部隊の7割は東海地方、とりわけ三重県の出身者で占められ、泰次郎の戦争小説にしばしば登場する。戦争末期になると沖縄に移動を命じられ、結果的に9割近くの兵士が戦死した。激闘をかろうじて生き延びた旧日本軍兵士にインタビューをしたが、凄惨きわまる光景はどのような言葉を使っても表現できるものではないという証言ばかりであった。語ることが困難な記憶をいかにして継承して行くのか、泰次郎の戦争文学が提起するのは、戦争体験者が年々少なくなる日本社会において、きわめて重い課題であるといえよう。
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