前年度までの研究において、文化5、6年(1808、09)頃の読本隆盛期以降に見られる読本作者たちの作法の基礎が、文化初年頃を中心とする速水春暁斎の実録依拠の読本に見られることを把握していたが、本年度はそのことを、同作者の『絵本雪鏡談』を通じて明らかにした。 この『絵本雪鏡談』は、加賀騒動物と鏡山物の二類の実録を摂取している。本年度の論では、そのうち鏡山物実録(浜田藩江戸屋敷における女敵討事件を素材とするもの)に即して検討した。まず鏡山物実録自体の調査研究を行い、その本文に大きく二つの系統があること、さらにその中が細分化されうることを報告した。その上で、実録から読本への摂取のあり方について検証した。読本化にあたり、実録には無い新たな様式を取り入れ、表現を組み替えていることが明らかになったが、ここに見られる方法は、前述した、後の時期の読本へと受け継がれるものである。 また川関惟充の読本『絵本加々見山列女功』も同様に鏡山物実録に依拠するが、この作は、実録を長編読本に作り直すにあたり、長編構成を統括する枠組みを新たに導入していることが明らかになった。緊密な長編構成を作るという意識が働いた早い例として指摘することができた。この作法も、前述の全盛期とそれ以降の読本において定着していくものとして重要である。
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