戦後沖縄文学をジェンダー表象という視点から分析していく本研究は、これまで閑却されてきた戦後沖縄文学が内在化するポストコロニアリズムの特質を明からにしてきたが、本年度2010年12月に出版した単著『沖縄を聞く』(みすず書房)は、その最大の成果である。この書において書き下ろされた「受信される沖縄-ソクーロフ『太陽』」及び「「大東亜」という倒錯-大城立裕『朝、上海に立ちつくす』」の2つの論文では、戦中戦後という歴史的転換の中を生きる「沖縄の男」に関する表象のなかに濃厚なホモエロティシズムとその否認が作用していることを考察し、植民地の男性セクシュアリティ生成と国家覇権の交差の意味を明らかにしている。このほか本書では、既発論文を抜本的に改稿し、その全体を、日米軍事同盟に集約されるポストコロニアル沖縄表象におけるジェンダー撹乱とホモエロティシズムの政治力学考察として再構成した。そこでは、豊川善一の小説『サーチライト』、目取真俊の小説『魂込め』、アメリカ映画『八月十五夜の茶屋』、政策論『沖縄イニシアティブ』、大江健三郎『沖縄ノート』といったテクストへの精読を通して戦後沖縄表象のジェンダー的特質が明らかにされた。本書は、既に、『週刊読書人』『沖縄タイムス』『琉球新報』『インパクション』『週間金曜日』『朝日新聞』等のレビューで高い評価を受けている。この書で開示されたジェンダー表象分析は、今後の戦後沖縄文学研究で活用されていくだろうし、既にそうした研究が出始めている。加えて、本年度は、これらの論考と深く関連する研究として、論文「日本クィア映画論序説」(岩波講座『日本映画は生きている 第4巻 スクリーンのなかの他者』2010年)や論文「「不安定の弧」の対位法」(『現代思想臨時増刊号 特集アラブ革命』第39巻4号、2011年)を発表し、ゲイスタディと沖縄表象とを連繋させ、戦後沖縄文学および戦後沖縄思想史に関して、ジェンダー的撹乱という視点から多様な分析を展開することができた。これらの研究は、今後の戦後沖縄文学研究はもちろんのこと、戦後沖縄の文化史や政治思想史研究あるいは社会思想史研究を考察していくうえでも重要な意義を持つと言える。
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