平成21年度は、第一に、前年度に続いてパリ在住時代の状況について調査を進めた。新資料である1918年10月11日付近江谷晋作宛書簡は、ドイツ軍の攻撃を受けるパリの様子が克明に記載された貴重なものであった。それについての小牧の感想も、後の反戦平和思想原点と見なし得るという意味で重要である。また、画家の藤田嗣治との交情についても調査、ラ・ベル・エディション社から刊行された『詩数編』(小牧の詩と藤田のデッザン12点とを組み合わせた冊子)の背景について明らかにした。その成果は、秋田風土文学会2009年度総会(2010年2月11日)において、「小牧近江とパリ」というテーマで発表した。 第二に小牧近江の未発表書簡の整理と分析を行った。新規寄託資料の中にあった小牧が福子と結婚(1922年11月15日)する直前の往復書簡には、双方の素直な愛情表現が散見される。この時期は、雑誌『種蒔く人』が第二年に入りいよいよ充実し始めた時であった。外務省勤務の傍ら、対露非干渉運動に参加したり、「ロマン・ロラン対アンリ・バルビュスの論争」を完訳するなど多忙を極めた日々の中にも、結婚を前にした華やぎや準備があったことがわかる。また、1965年12月13日付山川菊枝書簡には、ジャン・ジョーレス(フランスの社会主義者)暗殺によって受けた強い衝撃、大杉事件に関わる臨場感溢れる感想等が記されていた。さらに、アンリ4世校の同級生だったピエール・ド・サン・プリ(元フランス大統領ルーベ氏令孫)の書簡も新たに確認されたが、それによってサン・プリ一家のその後の消息や小牧への敬慕の情が明らかとなった。以上の成果については、「未発表書簡が語る小牧近江の新側面」(『秋田文学』第18号、2009年9月9日)において公表した。また、単行本『秋田近代小説/そぞろ歩き』(秋田魁新報社、2010年3月19日)にも反映させた。
|