本研究は近世中期上方における漢籍の受容実態と日本的展開の様相の解明を目的とするものであるが、特に『水滸伝』・『世説新語補』・『春秋左氏伝』を指標として、調査分析している。本年度は『水滸伝』同様、李卓吾の批点本がある『世説新語補』の明清版、朝鮮刻本、和刻本について、広島市立図書館浅野文庫、京都大学人文科学研究所東アジア人文学情報センター、お茶の水図書館成簧堂文庫、中国国家図書館等において調査した。李卓吾はその『水滸伝』序の発憤説が上田秋成等の文学観に影響を与えたとされるなど、我が国近世期人文社会にとっても重要な思想家である。 調査の結果、『世説新語補』の和刻本の底本と考えられる明版李卓吾批点本は、諸本全体から見れば、中日ともにきわめて伝本の少ない本であり、必ずしも一般的な本ではないことが判明した。また、成簧堂文庫その他に蔵される朝鮮刻本の存在は、『世説新語補』の場合についても、中日二国間ではなくて、東アジアの範囲で文化接触を考察しなければならないことを示唆する。また、那波魯堂・尾藤二洲書入れの『世説新語補』について基本調査を行ったが、これは儒学者の批校本、また、元禄期に受容した本が近世中期にもう一度クローズアップされる例として興味深く、今後の課題である。 平成22年7月17日から8月29日の間、京都国立博物館において、「特別展観 没後200年記念 上田秋成」展が行われたが、主催者の一・日本近世文学会の実行委員の一人として準備実行に加わった。また、これに関連して二種の図録(共著)作成にかかわった。いずれの場合においても、上田秋成をめぐる上方人文社会と明清学芸の関連について考慮したが、その際、本研究による知見を生かすことが出来た。
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