本年度は、鎌倉幕府の有力御家人、安達景盛の強力な支持を背景に東寺長者・醍醐寺座主の地位に上り詰めた実賢という高僧と、鎌倉期の説話集編者、無住との関わりについて考察した。 まず、『沙石集』と『雑談集』に収められる実賢説話を分析することで、無住が実賢に少なからぬ関心と好意とを有している様相を明らかにした。実賢は「法愛」の人であるという点で無住と共通するほか、道理に感ずる「智者」であるという点において、その人物類型は「賢人」として無住が敬愛してやまない鎌倉幕府執権、北条泰時と相似形を成している。仏教界の頂点を極めた高僧と一遁世者という、一見対極的存在にみえる二人は、実は強固な心理的紐帯によって結ばれていたのである。 さらに、無住の関心は、実賢のみならず、その法脈にも及んでいることを、高野山大学図書館寄託の口伝・血脈資料などを活用することによって明らかにした。実賢は多くの遁世門の僧に付法しているが、そのうちの何人かの説話や著述が無住の著作に好意的に引かれているのである。無住は実賢流の遁世僧と交流をもつ中で、実賢やその弟子たちの説話を入手したものと推察される。 本年度考察対象とした実賢という僧は、従来、無住との関係においては全く関心を払われてこなかったが、実賢とその法脈に注目することが、無住の志向の本質へと迫る有効な視角であることを指摘した点に、本研究の大きな意義がある。
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