本年度は、鎌倉幕府の準公的な歴史書『吾妻鏡』の説話伝承的記事の分析からその編纂意識を明らかにしようとする研究と、鎌倉期の説話集編者・無住の著作に鎌倉幕府の政策の投影を見ようとする研究の双方を行った。 まず前者については、『吾妻鏡』中の源頼家をめぐる狩猟伝承と北条泰時の類似の伝承の比較検討、さらには泰時の孫にあたる経時・時頼兄弟の狩猟関連記事の検討を通して、『吾妻鏡』が武士の将来の明暗を矢口祭と関わらせて暗示したり、明暗の分かれる人物を対比して叙述したりという手法を方法的自覚のもとに行っていることを明らかにした。本研究は、『吾妻鏡』全体を統括する編纂意識を闡明するにあたり、頼朝・頼家・実朝・頼経の四代の将軍記に亘って存在する北条泰時の記事がその鍵を握っているとの見通しのもと、「泰時伝説」との関わりにおいて『吾妻鏡』の説話伝承的記事を考察することの有効性を示そうとした点に重要な意義を有する。 次に後者については、無住の著作『沙石集』の撫民的記事に着目し、それらの記事が武家新制の発布された北条時頼の時代に形成された可能性の高いことを分析した。その当時、無住は西大寺流の律宗と深い関わりをもっていたが、律宗の教義は武家新制と親和性が高く、無住は新制によって喚起される撫民的な社会的雰囲気を強い共感をもって受け止めていたものと推定する。本研究は、無住の精神形成を鎌倉幕府の施策との関わりにおいて捉えようとする、従来にない視点からの考察であり、その意義は大きい。
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