三つの鑑真伝(1)「大唐伝戒師僧名記大和上鑑真伝』、(2)『唐大和上東征伝』、(3)『延暦僧録』と長安西明寺の学問・文学の注釈研究を軸として、以下の成果をえた。 第一に、集成僧伝の撰述という文学的営為を「類聚編纂」と見なし、(1)通時的、歴史的共同体としての縦の軸「知的体系の継承関係論」を展開した。長安西明寺の学問と文学は、奈良朝のみならず、最澄を経て平安朝以降も、説話・古辞書・古注釈類の典拠として体系的に継承されている。また、(1)(3)は「長安西明寺の類聚編纂書群」の影響のもと、鑑真の弟子思託の「抄出」によって、新たに「類聚編纂」された集成僧伝であった。この思託の方法は、仏教の学問・講説の場で醸成された注釈研究の性格をもち、この点において律令学・文学とも根底相通じる性格をもつことが明らかになった。 第二に、その担い手である(2)共時的、直接的共同体としての横の軸「人的ネットワーク論」を展開した。(1)『広伝』巻一は、鑑真の学系の中国律宗祖師の「集成僧伝」であった。一方、(3)『延暦僧録』「天皇菩薩伝」「居士伝」は日本の在俗仏教徒の伝記集成として、律令国家体制下にあって文人兼学者の性格をあわせもつ律令官人を対象とする。特に藤原氏を仏伝のスダッタ長者に擬える点が特徴的である。「大安寺文化圏」の人的ネットワークは、『万葉集』『日本霊異記』とは位相を異にし、学問的・教学的な文学の「場」であるとともに、聖武天皇の宮廷を軸とする宮廷仏教・体制仏教の色彩をもつ。 第三に、国際学会参加、国際シンポジウムの共同開催により、成果を公表した。海外への紹介として、(2)『唐大和上東征伝』イタリア語訳(マリア・キアラ・ミリオーレ)・スウェーデン語訳(トウンマン武井典子)が完成し、刊行準備中である。鑑真伝を介して、上代の日中比較文学・上代日本漢文学研究を広く国内外にむけて発信することができた。
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