本年度は、約70ある長門本平家物語諸本の中で善本といわれる国会図書館貴重書本(以下、「国会本」と称す)を取り上げ、言語年代に関する研究を行い、その成果を11.の小川論文に発表した。依拠資料に、平成20年度、本基盤研究による成果刊行物、小川栄一ほか『長門本平家物語自立語索引』(勉誠出版 平成21年2月)を活用した。(11.に連携研究者小井土守敏の論文も記入する。) 国会本の自立語を対象にして、日本語史の上で中世から近世にかけて進行したオ段長音の開合と四つ仮名の混同、二段活用の一段化の例数等を調べた(以下、カタカナで本来の音韻、ひらがなで混同例を代表する)。開合は、アウ→おう74例、ヤウ→えう6例、オウ→あう42例、エウ→やう1例、エウ→よう11例、ヨウ→えう68例、合計202例で、混同の稀な室町以前の状況とは言いにくい。その一方で、開合の正用が約2500例、混同例の率は約7.4%であるから、江戸以後の完全に混同した状況でもない。四つ仮名は、ジ→ぢ1例、ヂ→じ5例、ズ→づ0例、ヅ→ず1例、合計7例と僅少で、混同が一般化した元禄以前といえる。二段活用の一段化は、上二段1例、下二段4例(正用約580例、一段化率0.86%)で、近松の世話浄瑠璃24篇を対象とした坂梨隆三の調査(一段化例311、一段化率33.5%。「近松世話物における二段活用と一段活用」『国語と国文学』47-10昭和45年)と照合しても元禄以前といえる。 結論として、国会本の言語年代は中世末期から近世初期に位置するものと考えられる。国会本は元禄・宝永の頃の写しと推定されているが、音韻・文法の状況はこの時期をさかのぼり、林羅山『徒然草野槌』(元和7年<1621>)によって「赤間神社本」(現存する長門本諸本の祖本)の存在が確認される慶長7年(1602)前後の状態と符合する。ただし、国会本の転写の過程で混同例、一段化例が混入した可能性もあり、長門本がこの時期の成立とはまだ断定できないので、今後のさらなる調査が必要である。
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