平成22年度は、前年度までの調査・研究により1850年代がアメリカにおける求婚小説のジャンル的転換期であることがわかったので、この転換の具体的な様相を観察するための調査・研究を行った。具体的には、2010年12月にニューヨーク市立図書館を訪問し、「離婚小説」の一次資料の収集を行い、1850年代が、結婚の制度的、文化的な限界が、離婚の制度化およびそれに伴う離婚率の急増などの社会現象となって可視化した時期であるのみならず、そのような社会状況が、求婚小説が離婚小説(もしくは反結婚小説)に取って替わられる流れを後押ししていたことを裏付けることが出来た。平成22年度は、本研究の最終年度にあたるが、本研究の出発点であった18世紀における性差概念の変化、つまり、女性が個別の「性」として認知されたことを契機とする女性による女性アイデンティティーの探求が、誘惑小説ヒロインに代表される結婚制度に回収されない自我の系譜となってアメリカ文学に反映されている可能性が、本年度の調査・研究から極めて濃厚になった。このような成果は、19世紀感傷小説中心の女性文学観を、誘惑小説から求婚小説を経て離婚小説に至るより大きな流れにおいて流動化する点でも意義深いものと考える。しかしながら、成果発表を中心に行うという当初計画に関しては反省せねばならない点が多いが、Mary Freemanを題材とした家庭性イデオロギーに対抗する19世紀後半の女性意識の新たな地平を考察した論文、および、James Fenimore Cooperを題材にした独立革命後のアメリカの自意識の芽生えについての論文を発表した。
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