平成22年度は、自然科学の発達や科学技術の発明がもたらした新しい価値観の影響下で変貌するヴィクトリア朝の社会と文化を冷徹な眼差しで観察し、そうした変化にもかかわらず大半の人々の改善されない、むしろ悪化している内面世界の真相を読者に提示しているディケンズ、ギャスケル、ギッシングの小説テクストに基づき、主要人物たちが事大主義に陥って自己保存のために強大なものに従いながら犯しているイジメという作為の罪、そして他者のイジメを放置している無作為の罪について、ヴィクトリア朝の社会的および心理的文脈に照らしながら考察した。 西暦2010年はギャスケルの生誕200年にあたり、まずは9月に編著と共著を上梓した。国内外の研究者総勢34名からなる編著『ギャスケルで読むヴィクトリア朝前半の社会と文化』(溪水社、xxxvi+684頁)は、平成22年度科学研究費補助金(研究成果公開促進費)を受けた出版であり、出版後すでに好評を得ている。編者が企画した本書の主たる目的は、ギャスケルの思想と感情が表白された作品に多角的なアプローチで迫り、テクスト内部に再現されたヴィクトリア朝の時代精神と社会思潮を複合的に分析しながら、従来の社会史や文化史で提示された言説の傍証を固めるとともに、今までヴィクトリア朝研究において看過されてきた点を独自の立場から照射することにあった。本書の「まえがきに代えて」と第10章「レッセ・フェール」では、極端な格差社会における階級的なイジメの分析が含まれている。日本ギャスケル協会編集の共著『エリザベス・ギャスケルとイギリス文学の伝統』(大阪教育図書)では、第1章に寄稿論文の「リアリズム再考-ギャスケルはオースティンの娘か?」が掲載された。10月には、ポプラ社の新企画「百年文庫」シリーズ第22巻『涯(はて)』に、継子イジメの傑作とされるギャスケルの短篇「異父兄弟」の翻訳を入れることができ、さらに所属部局の紀要『言語文化論集』にはダイナ・マロック著「窓をたたく不思議な音」の翻訳を掲載した。
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