本研究は、1930年代以後、儒教書の翻訳や評論の執筆により、現代西洋社会に儒教的秩序と道徳の復活を促すとともに、ムッソリーニおよびファシズムへの傾倒を強めたアメリカ詩人エズラ・パウンドの儒教受容とファシズム支持の連動性を分析し、また、彼の革新的詩法「表意文字的手法」が、儒教及びファシズムへの傾倒に伴い、後退する過程を明らかにすることを目的とする。 平成21年度には、平成20年度に継続して、主として1940年出版の「中国詩篇」を対象に分析を行った。研究内容および成果の主たるものは次の3点である。 (1)清の康煕帝の治世とイエズス会宣教師の動向を扱った「詩篇60」の翻訳作業を通して、そこに見出される西洋と東洋、キリスト教と儒教の対立に対するパウンドの態度について検討した。この作業から得られた知見の一つは、この詩篇に含まれる、陳昴という名の総兵による皇帝への嘆願書からの抜粋の意義に関するものである。この嘆願書は中国に入国しようとする西洋人の活動を制限するよう訴えるものであるが、「中国詩篇」が執筆された1938年当時にパウンドが執筆した評論等を踏まえると、この嘆願書の引用はパウンドの西洋文明批判と儒教に基づく統治の評価を反映するものと解釈しうる。この研究成果は、2009年7月にローマにて開催された第23回国際エズラ・パウンド学会において口頭発表した。 (2)『詩篇』にはCarroll F.Terrellによる詳細な註が刊行されているが、「中国詩篇」についての註はいまだ十分なものとは言えない。本研究を通じて、上記の「詩篇60」の翻訳に、詳細な註を施した文章を作成した。翻訳および註は日本エズラ・パウンド協会発行の『Ezra Pound Review』12号に掲載された。 (3)1930年代のパウンドの思想動向についての研究の一部として、パウンドがThe Japan Timesに寄稿したエッセイおよびパウンドと北園克衛の書簡を分析し、その結果を論文「エズラ・パウンドの「原語主義」」として発表した。
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