本研究はシェイクスピアの演劇テクストが初期近代におけるイングランド国家並びにイングランド国民という概念の不安定さをどのように表しているかを明らかにすることを目指している。本年度の研究実績の概要は以下の通りである。 1) キルケやサイレンといった古典古代文学に登場する魔女たちが初期近代英文学においてイングランド人アイデンティティを脅かす存在として描かれていることに着目し、平成20年度以降『間違いの喜劇』、『ヘンリー4世・第一部』について、また平成21年度以降『トロイラスとクレシダ』に関して考察を続けてきたが、本年度は『間違いの喜劇』についての論考を国際的な評価を受けられる形で出版すると共に、その他の2つの劇に関する考察を国内外の学会で発表した。 2) 上記のテーマについて、本年度は『アントニーとクレオパトラ』に関して研究を進め、'Circes in Egypt'と題する論考にまとめた。この論考では、クレオパトラとキルケ・サイレンとの類似を指摘すると共に、クレオパトラがアントニーのローマ人としてのアイデンティティを脅かしている点をジェイムズ朝のイングランド人アイデンティティの不安定さとの関係において分析した。現在この論考を1)に記した論文と共にモノグラフの形にまとめる準備を進めている。 3) 『リア王』について、その材源となったエリザベス朝の諸テクストならびにネイハム・テイトによる書き換えと比較しながら、この劇に表わされているジェイムズ朝期のブリテンならびにイングランドという概念の不安定さを考察した。その成果を2つの論文にまとめ、国内外のシンポジウムにおいて発表した。この内、'Kingdoms of Tate's Lear and Shakespeare's Lear : A Restoration Reconfiguration of Archipelagic Kingdoms'についてはシンポジウムにおける他の研究発表と共に国際的な共同研究の成果として出版する計画が進行している。
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