本年度の研究の中心はJosephine Butlerの英国における性病予防法廃止運動である。研究成果は以下の通りである。 ・性病予防法廃止運動は女性の身体を公の権力から解放することを目指しながらも、バトラーの活動全般にわたり、女性が自らの身体を回復するという視点が見出せない。女性の聖性を強調した結果、性という問題がバトラーの政治的想像力には欠けていたのである。さらに性の二重規範を支える家庭崇拝イデオロギーの再生産という陥穽におちいる危険もはらんでいた。その一例として、性道徳の再強化を求めたEllice Hopkinsによる「性の浄化運動」が挙げられる。 ・バトラーは講演原稿から出版物まで、怒りの感情をはっきりと表明した。その著作には彼女の活動の原動力が怒りであり、女性の身体を支配する家父長的権威を転覆する野心が暗示されている。この意味において、バトラーは19世紀女性の著述に新たなスタイルを切り拓いたのである。 ・バトラーは女性医師の役割に注目した。当時英国で医師登録をしていたのはElizabeth BlackwellとElizabeth Garrett Andersonの2名だけだ。前者は医学的見地よりもむしろ道徳的な観点から性の二重規範を批判したが、後者は曖昧な態度を示した。女性医師の発言についてはさらに研究を進めたい。 ・第9回British Association for Victorian Studies年次大会において研究発表を行った。研究課題に基づき、19世紀中葉以後の衛生活動、国民像形成への女性の関与を概観したうえで、バトラーの性病予防法廃止運動おける女性の身体の回復と政治的声の獲得への希求について論じた。
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