研究概要 |
平成21年度の研究課題は女性医師による著作をジャンル横断的に検証することである。研究成果は以下の通りである。(1)女性医師第一世代のなかで、積極的に執筆活動を展開したElizabeth Blackwellは、医師の立場から、女性の身体を管理する性病予防法の非道性を訴えた。彼女が複数の著作において当時の女性の性的欲望をめぐる神話を否定したことは、女性が性についで語る契機をもたらし、世紀末の「新しい女」小説に影響を与えたと考えられる。(2)1870年代後半以降、女子医学生、女性医師が「文学的イコン」となる。Charles ReadeのA Woman Hater(1877)におけるRhoda Galeの表象には「こっけいさ」がぬぐいきれないが、因習的な女性の役割を拒否し、自立しようとする女性の貧困の深刻さと、女性医師の「脱女性化」が明示されている点は興味深い。また、Rhodaが村の衛生改善改革の中心となり、人々の信頼を得ていく様子は、Blackwellが推奨した社会的貢献という女性医師の役割を反映している。さらに'Fie 'Fie ! or, the Fair Physician'(1882)において、Wilkie Collinsは女性医師による男性患者への診察行為における身体的接触をエロティックに描き出すが、女性医師Sophia Pillicoは男性患者の治療を女性の権利拡大の一環であると考えている。この作品に登場する女性たちは女性医師という「新しい女」に嫌悪感を示す。現実の女性医師と世間の偏見の乖離を揶揄した作品であると言える。(3)医師免許を取得前に作家活動を行ったMargaret Toddの小説Mona Maclean : Medical Student(1892)において、ヒロインはキャリアの形成と結婚を同時に手に入れる。トッドは因習的な恋愛プロットを利用しながら、医学における性の不均衡の是正をヒロインの結婚に提示する。この作品に関しては6月末にWomen Writers of the Fin de Siecle International Conference(ロンドン大学)において'The Portrait of a Medical Student as a Young Woman : Margaret Todd's Mona Maclean'と題し、発表を行う予定である。
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