最終年度であった平成23年度は、世紀末の社会・文学的現象としての<新しい女>の表象に着目し、文学的想像力が女性運動の一翼を担った様相を検証した。具体的には、予定通りにセアラ・グランドの長編小説The Heavenly Twins (1893)とBeth Book (1897)に加えて、中編小説Ideala (1888)と短編作品の読解を行った。いずれの作品においても、性のダブル・スタンダードへの抵抗と、女性の身体への暴力と搾取に対する抗議としての政治的主張が強調されており、ジョゼフィン・バトラーの性道徳批判を受け継ぐテクストであることを確認した。さらに、グランドの小説における医師、医療行為、動物生体解剖実験(vivisection)の表象は、女性の心身の虐待の暗喩であると同時に、女性医師のパイオニア、エリザベス・ブラックウェルが著作活動において問い続けた近代医学による女性身体への暴力と搾取の有様が探求されている。 グランドの7陀地The Heavenly Twinsにおいては、世紀末の「種の退化」への不安が提示され、優生学思想を読み取ることができる。「産み、育てること」を通した国家への貢献を女性の役割と定義した女性医師兼作家のアラベラ・ケニーリーのDr Janet of Harley Streetにも優生学思想の反映が顕著である。ケニーリーの小説にみられるフェミニズムの複雑さ、優生学への傾倒については、7月18日にWctorian Popular Fiction Associationの第3回年次大会において、"'Eugenic Marriage' : Arabella Kenealy's Dr Janet of Harley Street"と題して発表を行った。また、11月5日のお茶の水女子大学英文学会第3回大会では、「Arabella KenealyのDr Janet of Harley Streetにおける女性の進化と退化」と題して、本テクストにおけるジェンダー表象の矛盾について考察した。 性道徳批判、性の浄化運動支持という視座から書かれたグランドとケニーリーの作品に共通して見出せるのは、女性の欲望の肯定が示唆されていることである。一方で両作家には女性のセクシュアリティを「母性」に完全に吸収させてしまう傾向もあり、女性表象の揺れ動き、女性のセクシュアリティと母性の問題を引き続き考察していきたい。
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