本年度はこれまでのミューラル(北アイルランドのプロテスタント・カトリック、各コミュニティに見られる政治的メッセージを持った壁絵)研究の成果を、夏の現地調査の結果を踏まえ、二つの形で出版した。一つは論文、一つは著書である。後者においては、2006年以来、北アイルランド政府が主導する「コミュニティ塗り替え計画」の一環であるミューラルの描き換えの現状報告と考察を含めた。夏の出張では、両宗派のコミュニティの現地調査はもとより、ミューラル研究の第一人者であるビル・ロールストン、アルスター大学教授から直接助言を得ることができ、研究書出版の大きな動機となった。本研究は平成20~24年度までであるが、その真ん中の年に単著というかたちで成果を発表できたことに満足している。また、前年と同様に、モダニズムの詩人、T. S. エリオットの研究を継続した。本年度はエリオットにおけるヨーロッパという問題を、伝統論や詩作品、とくに『荒地』などを引用しながら論じた。エリオット研究は北アイルランド研究と直接的に結びつくわけではないが、北アイルランド詩人はモダニズムの洗礼を受けており、またエリオットの影響を、程度の差こそあれ、受けている。その意味において両研究はつながりを持っている。また、翻訳(共訳)ではあるが、北アイルランド出身の詩人・文芸評論家であるシェイマス・ディーンの『アイルランド文学小史』の翻訳を終え、2011年4月には出版の運びとなる。今後も、本研究課題「北アイルランドの詩的想像力」を、ミューラルなどに見られる民衆的な想像力と、作家・詩人など文学者に見られる想像力の両面から進めたい。
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