今年度はオニール演劇の最高峰と目される自伝劇『夜への長い旅路』(Long Day's Journey into Ninght)についての論考を執筆・公表することができた。要旨は以下の通りである--オニールは主要作品群の中で西洋近代において貶められてきた「母なるもの」復権の道を模索してきたが、作者自身の家族をモデルとするティロウン家の物語を描く自伝劇『夜への長い旅路』もこの例外ではない。最初期の一幕劇『霧』(Fog)幕切れに登場する死せる母子像から晩年の『日陰者に照る月』(A Moon for the Misbegotten)の「ピエタ」の場面に至るまで、オニールは西洋近代の父権的文化状況を反映した負の母子像を繰り返し描いてきたが、『旅路』に登場する母と息子、すなわちモルヒネ中毒を患うティロウン家の母メアリーとジェイミーとエドマンドの息子たちもこの系譜に属しているといえるだろう。エドマンドが「たましいの病」と考えられた肺結核を発症することには、現代における人間の霊性の危機的状況が反映されている。そして母メアリーが病を克服するのは、彼女自身が語っている通り、息子エドマンドが「元気で幸せで立派になる」ときである。その母メアリーの再生には、「母なるもの」復権を通じての現代人の霊的復活ヴィジョンが託されているのである。本論ではそのことを明らかにした。
|