研究概要 |
平成22年度は、本研究課題の最終年度として3年間の研究成果を論文の形で統括した。1980年代以降の文学批評の展開において、従来のヨーロッパ中心主義の基軸を大きく移動させることで異なる世界観を呈示したポストコロニアル批評と、他方で他者性との関係性の構築を言語の界面で促し、言語における権力構造を照射することによって言語文化を社会的政治的に機能させる視座から歴史の再読・再記述を照射した翻訳理論がさまざまの形で交差し、協働する現象を考察した。 その交叉点を「越境のアポリア」であると想定し、すぐれて現代的課題である「他者」と「主体」の問題に、この二つの批評理論-ポストコロニアル批評と翻訳論-がどのように関わり、またそこからどのような言説が拓かれたのか、その可能性に光を当てた。その過程でナラティヴ論の転換やポストモダニズムの再考にも踏み込むことになった。このように、翻訳論を20世紀後半からのさまざまの批評理論に関連付けて捉えたことが、本研究一つの成果である。この流れに沿って、「越境のアポリアに立つ」(論文160,000字)を報告論文として作成した。全体は5章から成り、文化批評としての翻訳理論を基点に(I章)、ポストコロニアル批評との関連性(II)そこからポストモダニズムによるナラティヴの転換をリンクさせ(III)、具体的なテクスト分析をホロコースト文学の翻訳を対象に行った(IV)。最終章は、そこから得られた知見をもとに、ポストコロニアル批評の視座を翻訳論と関連付けた「世界文学」の方向性を探るものである(V)。在外研究によるイギリスでの共同研究や研究活動を通して、翻訳理論の重要性を認識するに至ったことも、今後の展開にはきわめて重要な成果となったといえる。
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