研究概要 |
今年度は平成20年度、21年度の研究を踏まえ、特に中国系アメリカ人女性作家マキシーン・ホン・キングストンの作品におけるジェンダーおよび人種越境と暴力の関係、および黒人作家、特に若手女性作家であるデインジー・セナにおける「パッシング」の表象についての研究および成果発表を中心に研究を行った。キングストンの著作には性の境界を侵犯する人物が多数登場するが、その中から浮ぴあがるのはジェンダー化された暴力と平和の問題でもある。女性は生来的に平和的、男性は生来的に暴力的であるという二項対立が否定されて久しいが、暴力的な行為者としての女性がジェンダー越境的な人物として描かれてきたこと、女性は生来的にではなくとも、歴史的、文化的に反戦・平和を希求するという傾向などもふくめ、ジェンダーと暴力/平和の問題が、ジェンダー越境の考察からさらに深めるべきテーマという認識を得た。この研究の成果は"Usable Past,Unspeakable Secret:Maxine Hong Kingston's Use of Woman Warrior Characters"というタイトルで口頭発表を行った。発表原稿に加筆訂正を行った論文は出版予定である(研究成果表参照)。 現象としては過去の遺物と考えられがちなパッシングを、今日的な視点から考える上で、何人かの現代黒人作家の重要性が見出された。口頭発表「「パッシング」する子供たち」および「私のように黒い姉妹たちデインジー・セナの『コーケイジア』と「パッシング」」(研究成果表参照)はその中でも重要なデインジー・セナの諸作品について、特に長編第一作『コーケイジア』を中心に論じたものである。そこで明らかとなったのは、そもそも、先祖とのしがらみを捨て、新天地で新たなアイデンティティを獲得し人生をやり直す、というパッシングの行為が、奇妙なまでに「アメリカ人」という概念そのものに似ているということであり、「パッシング」がアメリカ研究の重要なテーマとしてさらに追及すべき課題という認識を得た。
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