本年度は先行のDubliners (1914)やA Portrait of the Artist as a Young Man (1916)におけるダブリンの描写と比較して、Ulysses (1922)で描かれた1904年のダブリンがモダンな都市であることを確認するところから開始した。そして背景に都市トリエステの影響を読み取った。対象としたのは第1挿話から第10挿話までであるが、大きく眺め、第7挿話あたりで未来派やダダイズムの影響が見られ、ダブリンの再創造を予感させていることが判明した。その認識に基づき、第8〜10挿話での都市の描写の分析を中心に、1904年という時代の描写とは異質な手法に気づくことになった。その結果、第8挿話の都市風景の背景には、トリエステでも話題にされていたフロイトの精神分析の影響が確認できた。また第9挿話を論じながら、スティーヴンのシェイクスピアをめぐる父性論の背景に、アイルランド民族主義と距離をおく作者の意識が刻印されていることを明らかにした。これはトリエステでの民族主義との接触によるところが大きい。さらに第10挿話においては、モンタージュの手法を取り上げ、トリエステでのジョイスの映画への関心を明らかにした。これらはいずれもUlyssesの世界がトリエステに多くを負っている証明である。
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