本年度はジェイムズ・ジョイスのトリエステを中心に、『ユリシーズ』の創作にどのような影響を与えたかを考察した。そのため、特に『ユリシーズ』の第11挿話と第12挿話を中心に研究を行った。第11挿話については、音楽の手法がその基礎にあり、ワーグナーなどの影響を受けていることを明らかにし、同時にチューリヒで話題にされていたソシュールなどの言語論に拠って立つことも具体的に解読した。また続く第12挿話については、アイルランドの単眼的な民族主義を描きながら、その背景としてトリエステやチューリヒで育まれたジョイスの国際的な視点を論じた。さらに、ジョイスの国際的な視点での文学的営為については、W.B.イェイツと比較しながら、その形成過程を検討した。ジョイスが自らの都市であるダブリンに固執していたことに疑問の余地はないが、その改変を目論んでいたことも間違いない。そこで問題となったのが、どのようにダブリンが改変されていったかであるが、第11挿話と第12挿話の研究はきわめて有益であった。前者については、文学の前提となる言語が人間の知覚の基礎をなしているところから、タブリンという都市についての認識が問い直されているとの結論を導いた。また後者については、ダブリンという都市空間を横断する情報に溢れているところから、国家や民族もインターテクスチャルな世界を構築していると指摘した。これらの成果はいずれも論文として提出している。
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