今年度の研究の大きな目的は、大学学寮の社会的構造に焦点を当て、卒業後に大学出身の作家が貴族や地方有力者を核にして形成する文学サークルが、どのような地方人脈によって成立し得たのかを詳細に検証することであったが、次の三点で大きな成果があった。すなわち、 (1)ケンブリッジ大学古文書館の史料から劇作家John Fletcherの新しい史料を発見し、これによって学寮における人脈のミッシング・リンクが新たに補われた。それと同時に、この発見によってJohn Fletcherの評伝研究における三百年間もの誤解を解くことができたことは非常に意義深いと思われる。この発見については秋田大学で行われた「宗教とチューダー朝演劇の成立」第24回研究会(2009年11月14日)において発表を行った。またこの発見に関する論文を纏め、Oxford University PressのNotes and Queriesに投稿した。現在審査中である。 (2)ロンドンに上京した大学出身の劇作家たちが遭遇することになったロンドンの文化的状況を解明し、教員や学生たちを結ぶネットワークがどのように都市の文学サークルへと発展しうるかを考察したことである。とりわけ、ロンドンにおいて活況を呈していた騎士道ロマンスが大学才人の劇作家によってどのように受容され、活用されていったかを跡づけた。この点については2009年10月4日筑波大学にて開催されたシェイクスピア学会のセミナー「ロマンティック・リバイバル-騎士道ロマンスとエリザベス朝文学」において、「ロンドン大衆劇場における騎士道的英雄1570-90」と題して研究発表を行った。 (3)Lincolnshire Archiveにて調査を行い、劇作家John Lylyの弟Peter Lylyが、別の学寮出身者で同郷カンタベリー出身者の後輩を、自分の務める文法学校に引っ張った事実の発見により、地縁によるネットワークの一部が解明されたことも有意義であった。以上。
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