研究テーマ「ホーソーン文学における歴史と詩学の位相--独立期アメリカの精神と文化の表象を読む」に従って、平成20~22年度の3年間はアメリカ独立戦争と、その前哨戦としてのフレンチ・アメリカン戦争、さらに遡ってカナダ国境におけるアメリカ東部地方のピューリタンとカトリックの小競り合いについての、これまで詳細に論じられなかったホーソーン作品を取り上げた。そこに登場するジョージ・ワシントンやジェイムズ・ウルフ、ラール神父を通して、歴史を神話化するホーソーンの詩的想像力のあり方を考察した。そのため舞台となった現場に出向き、現地の地勢、水(海、川、湖)、風光などを肌で捕らえ、要塞、記念碑、彫像、鐘などを調べ、かつ現地でしか入手できない資料を収集した。研究成果は雑誌論文、書物の形で発表したが、結果的にトランス・アトランティックな視座が特徴となった。 これに対し、本課題での研究の最終年に当たる23年度は、独立戦争を中心とする、いわゆる独立期アメリカそのものから時代的に遡り、マサチューセッツ湾第一世代植民地に軸足を移した。それは決して本研究課題から逸脱するものではなく、独立期アメリカの自由の精神と文化の原点が17世期前半にこそあることを、ホーソーンの『緋文字』が提示しているからである。大幅な時代錯誤が誤読を生むことをあれほど戒めたこの作品の語り手の言葉に今一度素直に従い、この作品の未だ解明されない摩訶不思議な表現を19世紀半ばではなく17世紀前半の英米の思想、歴史、宗教を背景にして読み直すことを試みている。糸口はホーソーンが初期構想として抱いていたアイディアを破棄した理由の考察にあった。その過程で、ホーソーンがカトリックをどう考えていたか、さらにいえば17世紀第一世代植民地のピューリタンとカトリックとの関係をホーソーンはいかにトランス・アトランティックにとらえ、いかに詩的想像力と交錯させて作品に仕上げているかを明らかにしようとした。その成果は23年度の論文だけでなく、24年度の二つのシンポジウム(ホーソーン協会、日本英文学会関西支部)での発表にも持ち越される。
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