19世紀後半から20世紀初めのロシアにおける身体と表象の関係の変容を明らかにするために、本年度は次の研究をおこなった。 1.北海道大学附属図書館で資料調査をおこない、(i)ドストエフスキー関連文献、(ii)19世紀ロシア教会史関連文献、(iii)19世紀ロシアにおける道徳統計学関連文献その他の資料を蒐集した。 2.19世紀後半から20世紀初めの身体の変容を明らかにするため、前年度にひきつづき、ロマン主義からリアリズムの初期に至るその前史に注目し、デビュー作『貧しき人々』(1846年)から『白夜』(1848年)に至るドストエフスキーにおける「手紙」の変容と「生活の芸術化」に関する論文をまとめた(平成23年度に刊行予定)。 3.ドストエフスキー『カラマーゾフの兄弟』(1879-80年)における「告白」の言語行為の多様性を明らかにするために、19世紀後半における文学的「告白」と宗教的「告白」の関係に関する検討をおこなった。注目したのは、(i)『カラマーゾフの兄弟』構想中にドストエフスキーが哲学者ソロヴィヨフとともに訪れたオープチナ修道院に代表される、19世紀における「長老制度(スタールチェストヴォ)」の復活において、「痛悔機密(告白)」の伝統のゆらぎが認められること、(ii)痛悔機密や聖体機密に関する同様のゆらぎが、1890年代にピークに達する、クロンシュタットのイオアン神父における「集団痛悔」の熱狂にも認められること、(iii)さらにこうした変容が、ロシアにおける「大地への痛悔」の伝統と結びついていることである。 4.「身体」と「表象」の変容に関する理論的検討のために、エイゼンシテインのディズニー論(「原形質」的身体)、フロイトとデリダにおける「事後性」の概念、現象学的精神病理学の観点からの木村敏の時間論(「イントラ・フェストゥム」論)を検討した。
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